カテゴリ /江戸城
資料群 重要文化財
題名
江戸城御本丸御天守閣建方之図  
エドジョウ ゴホンマル ゴテンシュカク タテカタ ノ ズ  
江戸城御本丸御天守閣之図  
エドジョウ ゴホンマル ゴテンシュカク ノ ズ  
江戸城御本丸御天守閣建方之図  
数量 1幅
大きさ(cm) 106.0×91.0cm
造営年度 寛永度
建築区分
天守  
天守  
図面種類 軸測投影図
書誌注記 ;;;;;;;;;;;|//////////////|/
資料解説 2013文化財ウィーク(23)「寛永15年(1638)に完成した天守閣の構造を描いた図です。江戸城の天守閣は、初代将軍家康が慶長12年(1606)に創建、2代将軍秀忠が元和8年(1622)年に建て直し、3代将軍家光が再建したのがこの天守閣です。しかし明暦の大火(1657)で焼失、その後天守閣が建てられることはなく、江戸城に天守閣がそびえていたのはわずか51年でした。(Structural Plan of the Honmaru Main Keep Tower, Edo Castle)This is a plan of the structure of the tower of Edo Castle completed in 1638. This was the second rebuilding of the castle tower by the third Tokugawa Shōgun Iemitsu, after its initial construction in 1606 by the first Shōgun Ieyasu and rebuilding by the second Shōgun Hidetada in 1622. The tower was destroyed again by the Great Fire of Meireki in 1657, and was never rebuilt thereafter, meaning that a tower stood over Edo Castle for just 51 years of its existence. 」,2011文化財ウィーク(37)「寛永15年(1638)造営の天守閣を斜め上方から描いた図とされますが、再建計画の図という説もあります。瓦や壁を取りのぞいた木組みの状態の図で、一部、内部構造まで詳しく描かれ、軒や石垣の寸法等も書き込まれています。」,『江戸時代特別資料展』図録解説p.6、p.13「(p.6)天守閣は慶長12年(1607)にはじめて建て、3代家光(元和年間)、寛永14年(1637)とに修築されたものが、明暦3年(1657)の大火で焼失、以後は建てられなかった。現在の北の丸公園のところ。江戸城関係文書は、甲良家のもので、東京誌料中650点程である。,(p.13)天守閣は慶長12年(1607)にはじめて造られ、元和年間改築、寛永14年(1637)修築、明暦3年(1657)の大火で類焼し、その後は建てられていない。この図によって昔を偲ぶのみ。西丸御殿はいわゆる隠居所で、世嗣の居所でもあり、殿舎は御本丸を縮少したものである。いずれも甲良家文書。」
文庫名 東京誌料
請求記号 6191-D1/東D6191-D001
資料コード 4300032799
製作者 東京都立図書館
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