カテゴリ /江戸図
題名
武州豊嶋郡江戸庄圖  
ブシュウ トシマゴオリ エド ショウズ  
出版年 [寛永9年の写]
大きさ 85.4×118.5cm
江戸図種別 その他の江戸図
書誌注記 写図 彩色,寛政2、寛永9年版の写;;;;;;;;;;;|//////////////|/
資料解説 2023文化財ウィーク第二会場(2)「3代将軍家光のころの江戸の様子を描いています。尾張、紀伊、水戸御三家の上屋敷が江戸城郭内にあり、江戸城の天守が描かれています。家康・秀忠が整備を進めてきた江戸城と江戸の町は、家光の代に至って総仕上げが行われました。写図で多くの伝本がありますが、図中に「寛永九年申12月重開板」(1632年12月 重ねて出版、の意)との記載があり、もとは刊行された最古の江戸図とされています。(Map of the Village of Edo, Toshima, Bushū)This map depicts Edo in the time of the third Shōgun, Iemitsu. The map has been copied and reissued many times, but the original is thought to be the oldest map of Edo ever published.」,2023文化財ウィーク展示資料解説p.1(3)「3代将軍家光の頃の江戸を描いた図です。写図ですが、図の左下に「寛永九年申十二月重開板(じゅうかいはん)」(寛永9年(1632)12月 重ねて出版の意)との記載があり、原本は印刷された最初の江戸図と推定されています。図には明暦3年(1657)の大火で焼失する前の江戸城天守が描かれています。初期の江戸図を代表する図です。(Map of the Village of Edo, Toshima, Bushū)This is a duplication of a pictorial map of Edo dating from the time of the third Shōgun, Iemitsu. It depicts the donjon of Edo Castle, which was destroyed in the Great Fire of Meireki in 1657. The original of this map is said to be the first map of Edo ever printed.」,シリーズ江戸城 11「今回は寛永9年の年紀をもつ刊行された最古の江戸図『武州豊嶋郡江戸庄圖』の写図をご紹介します。絵画的表現を伴って江戸の町を描いた古地図を江戸図と称しますが、本図には明暦の大火での焼失以降再建されなかった江戸城天守が描かれています。鯱を頂く美しい5層の天守です。上部には大火以降に江戸城郭外へ移った尾張・紀伊・水戸の御三家の上屋敷、右方には春日局の屋敷なども記されています。絵画による表現が実物の通りかは不明ですが、3代将軍家光による寛永15年造営天守ではなく、2代秀忠による元和度天守である可能性があります。」,2018文化財ウィーク展示資料解説p.1(1)「3代将軍徳川家光(いえみつ)(1604-1651)の治世(ちせい)の江戸の姿が描かれています。本図にある江戸城には、2代将軍秀(ひで)忠(ただ)によって建てられた天守閣(てんしゅかく)がそびえています。左下の凡例の末尾には「寛永九年申(さる)12月重開板(じゅうかいはん)」(1632年12月 重ねて出版の意)との記載があり、原本は印刷された最初の江戸図と推定されています。本図は、写図や復刻図など多くの板が流布しました。(Map of Bushū Toshima Area, Edo)This portrays Edo during the reign of the third-generation shōgun, Tokugawa Iemitsu.This drawing is a copy, but the original is believed to be the first published Edo map. Numerous tracings and copies of this drawing were circulated.」,2013大規模企画展(2),2013文化財ウィーク(3)「寛永9(1632)年頃の江戸を描いた絵図です。初期の江戸の町がほぼ完成した頃の絵図ですが、展示資料1の図と比較すると、まだ江戸と呼ばれる範囲が小さいことが分かります。中村(猿若)勘三郎が寛永元(1624)年に初めて芝居小屋を設けた中橋は、当時、まだ堀割が流れていました。芝居小屋はその8年後(寛永9年ごろ)、この絵図が描かれた頃に、幕府の政策により、吉原(元吉原)の近くの禰宜町に移転させられました。この絵図は寛政2(1790)年に書き写されたものですが、元の図は出版された最古の江戸図であろうといわれています。」,2011-1大規模企画展『江戸の町づくり』リーフレットp.2「3代将軍家光のころの江戸の様子を描いています。尾張、紀伊、水戸御三家の上屋敷が江戸城郭内にあり、明暦の大火(1657年)で焼失する江戸城天守閣が描かれています。写図で多くの伝本がありますが、図中に「寛永九年申12月重開板」(1632年12月 重ねて出版、の意)との記載があり、もとは刊行された最古の江戸図とされています。初期の江戸図を代表する図で、「寛永図」とも略称されています。」,2003文化財ウィーク(5)「初期江戸図を代表する図。写図ではあるが、原本は寛永9年(1632)の刊行と推定されている。天守閣や紅葉山をはじめ、溜池、愛宕山にかけての地形、増上寺などは絵画的手法によっているが、その他は不徹底ながらも地図的な表現をしており、本格的な地図につながる過渡的な資料。写図や復刻図など同種の図が多く流布し、寛永図系統の図と総称されている。」
分類 地図/寛永///
文庫名 東京誌料
請求記号 A13-2/東A13-002
資料コード 4300037571
製作者 東京都立図書館
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